大判例

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東京高等裁判所 昭和33年(行ナ)52号 判決

第一 原告先代川嶋美保が本件登録実用新案の権利者であつたところ、被告から原告主張のとおりその登録無効審判の請求があり(昭和二八年審判第二九八号)、審理の結果昭和二九年七月二八日本件登録実用新案の登録を無効とするとの審決がされたので、原告先代が同年八月一三日弁理士阪本安房、同阪本治房に対し右事件に関し原告にかわり請求その他の手続をする権限を委任し右代理人両名が同年八月二四日抗告審判の請求をしたところ(昭和二九年抗告審判第一七一三号)、原告先代が昭和三三年七月二七日死亡し原告が相続により本件登録実用新案の権利を承継したが、特許庁が同年九月二二日原告主張のとおり抗告審判の請求は成り立たないむねの審決をし、その審決書謄本が同年一〇月七日原告先代代理人阪本安房に送達されたこと、右審決の理由が原告主張のとおりであることおよび右代理人両名が同年一〇月三一日「原告」の表示を川嶋美保として本件訴を提起し、昭和三四年三月一〇日原告より本件訴の提起に関する代理権の授権を受けた上、同日「原告」の表示を川嶋常男と変更するむねの申請をしたことは当事者間に争いはない。

第二 被告は本件訴状が「原告」の表示を川嶋美保として提出されたときは既に同人は死亡しており、死者を当事者とするものであるから、たとえその後「原告」の表示を川嶋常男と変更しても、その瑕疵は治癒されることなく、不適法な訴として却下されるべきものであるむね主張するので、先ずこの点につき検討する。

本件訴状に記載された「原告」の表示が川嶋美保であり、訴提起当時同人が既に死亡していたことは前示のとおり当事者間に争いのないところであるが、第一の当事者間に争いのない事実および弁論の全趣旨を合わせ考えると、本件訴状における「原告」の表示は、その代理人等において訴提起当時における本件登録実用新案の権利者を表示する趣旨でされたことが窺われるから、右川嶋美保の記載は右権利者たる川嶋常男の誤記に過ぎないものというのほかはない。ただ本件訴の提起当時右代理人等に対し川嶋常男から本件訴の提起に関する委任のあつたことにつき何等の主張立証のない本件では右委任はなかつたものと推定せざるを得ない。もつとも原告は旧実用新案法第二六条、旧特許法第一七条ノ二の規定により特許庁のした審判に対する不服の訴をする者の委任による代理人の代理権は本人の死亡によつて消滅しないむね主張するけれども、右各規定は実用新案に関し特許庁に対してする出願、請求等の手続について定めたに過ぎないものと解するを相当とするから、この点に関する原告の主張は理由がない。したがつて、本件訴の提起については、原告の代理人等に対する代理権の授与の欠缺があつたことは否定できないが、右代理人等が昭和三四年三月一〇日原告から本件訴の提起に関する代理権の授権を受け、同日「原告」の表示を川嶋常男と変更するむねの申請をしたことは前記のとおり当事者間に争いがないから右代理権の欠缺は訴訟代理人の追認により訴の提起のときに遡つて治癒され、結局本件訴は適法となつたものといわなければならない。よつてこの点に関する被告の主張は到底採用することができない。

第三 成立に争いのない甲第一号証の一(本件登録実用新案公報)によれば、本件登録実用新案は昭和二五年三月二〇日に出願され昭和二七年二月六日登録されたもので、その考案の要旨は「数段の被乾燥物移送用のコンベヤー(C)1 (C)2 (C)3………を内装した乾燥室(D)内に、ヒーター(H)を有する送風機(F)によつて風胴(T)及びその分岐導官(b)1(b)2 (b)3………を介して乾燥用空気を送入するものにおいて、最上段の導管群に特にエロフイン・ヒーター(h)を挿装して上段のみが特に高温となるように構成された繭等の乾燥装置の構造」(別紙図面第一、二図参照)にあることおよび本件登録実用新案は主として繭の乾燥を目的とするものであつて、最上段のコンベヤー(C)1 により乾燥室(D)内に運び込まれる繭は先づ高温すなわち華氏二〇〇度ないし二二〇度によつて一挙に大部分の水分が除去されるとともにその蛹および蛆等が一気に殺され、しかもこの高温乾燥は短時間に行われるため品質が害されることなく、また乾燥室内の乾燥風の温度は第二段から下段に向つて次第に華氏一五〇度から一二〇度位に保たれるので繭はこの低温度により徐々に乾燥されることになるから品質を害されることなく、多量の優良糸をとることができるという作用、効果のあることを認めることができる。

つぎに、成立に争いのない甲第一号証の三(引用実用新案出願公報)によれば、引用例は昭和一一年九月四日出願、昭和一二年一一月二七日出願公告されたもので、その公報には、「乾燥室(1)内にステーブル・フアイバー等の多湿被乾燥物移送用の無端網帯(2)1 (2)2を上下数段懸装し、その最上部少数段の無端網帯(2)1と下部数段の無端網帯(2)2とを劃板(3)によつて分割し、送風機(5)と加熱器(7)の作動によつて熱気筒(8)及び配気筒(9)1 (9)2を通じ、噴気孔(10)から熱気を乾燥室(1)内に供給して被乾燥物を乾燥するようにし、最上部数段の無端網帯(2)1に対する配気筒(9)1の入口部には再加熱器(14)を設けて、乾燥初期の被乾燥物に特に高熱を与えて処理を迅速ならしめるため、必要に応じてこれを使用するようになし、かつ前記の劃板(3)には適当な窓孔を穿つて開閉自在の扉を装置しておき、この扉を開放することによつて普通の単室式乾燥機としても運用できるように構成された熱気送通式無端帯型乾燥機の構造」が容易に実施できる程度に記載されている。

第四 本件登録実用新案の考案要旨と引用例とを比較すると、両者はともに上下数段に配置された被乾燥物移送用の無端帯を乾燥室内に装置し、送風機及び加熱器の作動によつて送風胴及びその分岐導管群を通じて熱気を乾燥室内に供給して無端帯上の被乾燥物を乾燥するようにした乾燥装置において、最上段部の導管群に再加熱器を装備して、上段部のみが特に高温となるように構成した熱気送通式無端帯型の乾燥装置である点で一致しているが、両者の相違するところは、

一 前者は再加熱器として熱効率のよいエロフイン・ヒーターを特設したのに対し、後者の再加熱器が裸管から成るものである点

二 前者は主として生きた繭を乾燥するもので最初に高熱により殺蛹、殺蛆することを目的とした乾燥装置であるのに対し後者はステーブル・フアイバーのような多湿のものに特に適した乾燥装置である点

三 前者の乾燥室が単室式であるのに対し後者の乾燥室が複室式である点

の三点にあるものと認められる。

そうして右の第一点につき原告はエロフイン・ヒーターを用いるものは高い熱効率を有するもので乾燥機のようにスペースに制限を受けるものにおいては特に効果があり、引用例からは容易に考え得る程度でないむね主張し、エロフイン・ヒーターによる加熱器と裸管による加熱器との間には熱効率上差異があり、エロフイン・ヒーターによる加熱器の方がすぐれていることは、証人林常吉の証言により成立を認めることができる甲第一〇号証(調査報告書)および同証言によりこれを認めることができるが、エロフイン・ヒーターも裸管による加熱器もともに蒸気を熱源とする空気加熱手段としては従来から煖房装置用、熱気発生装置用等の加熱器として極めて普通に使用されているものであり、両者ともに乾燥初期にとくに高熱を被乾燥物に与えて乾燥を迅速に行わせるという作用効果の点では同一であり、したがつて本件登録実用新案の場合のように最上段部における被乾燥物をとくに高温にしようとする必要のある場合に熱効率のすぐれたエロフイン・ヒーターを引用例の裸管加熱器の代りに使用することは、何等考案力を必要とせずにすることのできる設計上の微差に過ぎないものであるから、この点に関する原告の主張は採用することができない。

つぎに第二点につき原告は、本件登録実用新案は「その性質作用及効果の要領」中に「主として繭の乾燥を目的とする乾燥装置の構造に関するものであつて」と記載してあり、ステーブルフアイバーのように多湿度のものを乾燥する装置ではない。本件登録実用新案の名称に「繭等………」とある「等」は、繭類似の品物で繭のように最初に高熱により殺虫、殺菌を為すものを指すので、ステーブルフアイバーのようなものの乾燥機である引用例とは軌を一にすべきものでなく、引用例をもつて容易に本件登録実用新案を実施できる程度のものとはいえないむね主張するけれども、本願の乾燥装置でも繭の乾燥専用のものに限らないことは、その名称にも「繭等の」と記載してあることに徴しても明らかであり、かつ本件登録実用新案は乾燥装置の構造についての考案を対象とするもので、繭の乾燥方法や殺蛹、殺蛆方法を対象とするものでないことも明らかである。しかも本件登録実用新案における殺蛹、殺蛆の作用効果は、最上部の導管群に再加熱器を特設した乾燥装置の構造にもとづく配熱の結果当然起り得べき附随的なものに過ぎず、したがつてたとえ引用例に殺蛹、殺蛆という作用効果の記載がなくても、引用例が最上段部の無端帯に対する導管群に再加熱器を装備し乾燥初期の被乾燥物に特に高熱を与えて処理を迅速にするものである以上、引用例の乾燥装置で繭を乾燥すれば、当然殺蛹、殺蛆の作用効果を奏することが格別思考力を要することなく予想できるものであるから、この点に関する原告の主張も理由がない。

さらに第三点につき原告は、本件登録実用新案は単式乾燥装置で劃板(3)を必要とせず構造簡単であり、最上段の導管(b)1群に特にエロフイン・ヒーター(h)を挿装して上段のみが特に高温となるようにしたものであるが、引用例は劃板(3)により二室に区劃してあるので裸管である配気筒(9)1に多数の噴気孔(10)を穿設して加熱空気を直かにステーブルフアイバーにあてるものであり、引用例から容易に本件登録実用新案を実施し得べきものでないむね主張するけれども,引用例における乾燥室の劃板は多湿な被乾燥物によつて生じた多湿熱気を下方の熱気に混入させないために特に設けられ、しかも必要に応じてこの劃板に設けられた窓孔を開放して普通の単室式乾燥装置としても使用できるようにしたもので、劃板を持たない普通の単室式のものに比べて一歩進んだ考案ともいうべく、本件登録実用新案における乾燥室のように単室式とすることは当業者の容易にすることができるところであつて、ここに新たな考案の存在は認められない。したがつてこの点に関する原告の主張も理由がない。

第五 なお、原告は、本件登録実用新案は最上段の分岐導管群の各個に、個別にエロフイン・ヒーターを附設したのに対し、引用例はこの導管に共通な一個の再加熱器を附設した点で構造を異にし、したがつて作用効果を異なるむね主張する。

しかし、乾燥装置の最上段の分岐導管群の各個に個別に再加熱器を設けて配気するか或いは一個の再加熱器によつて上部二段の配気筒に配気するかは、全く設計上の問題だけに過ぎず、これによる作用効果には格別の差はないと認められるので、この点に関する原告の主張も理由がない。

第六 原告はさらに本件登録実用新案は蒸気供給管(S)から分岐導管を出して、下段を加熱すべきヒーターHに連結し、ヒーターHの上下に★を設け、ドレーンパイプ(d)に連結し、またこれと別個に蒸気供給管(S)から上段部を高熱に加熱するための分岐導管を三個出し、この三個の分岐導管に夫々高熱を発生すべきエロフイン・ヒーター(h)を夫々別個に設けて連結し、★を介してドレーンパイプ(d)に連結したので、各個に★の開閉を行つて容易に所期の高熱を上段のコンベヤーに送り、またこれとは別個にヒーターHにより下段のコンベヤー(C)2 (C)3 (C)4 (C)5に送り得るのであるが、引用例にはこのような構造の記載はないと主張する。

しかし、蒸気供給管に関する事項は本件登録実用新案の請求範囲中に記載のない事項であり考案要旨以外の附随的構造に属するものであり、一実施例に過ぎない図面に現われた附随的事項に関し引用例の記載と相違するところがあつても、引用例から本件登録実用新案を容易に実施できることとするに妨げとならないことは明らかである。

第七 したがつて、本件登録実用新案と引用例とは全体として構造が類似し、かつ作用効果において格別差異のないものであつて、本願実用新案は当業技術者において引用例の公知技術にもとづき容易に推考できるものであり、旧実用新案法第三条第二号に該当し、同法第一条の考案を構成するに足りないものとしてその登録を無効とした本件審決は相当であり、その取消を求める本訴請求は、失当として棄却を免れない。

(図一)

(図二)

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